「父親はどうあるべきか」by育育児典

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ささパパ

育児に悩んでいた時にとても勇気づけられた文章があるので、ぜひ紹介させて下さい。

この記事の目次

はじめに:父親と子どもの距離感の難しさ

父親と母親の役目には違いがあります。父親は子どもとの一体感が母親ほど強くないため、親子関係を築く上での独自のアプローチが求められるでしょう。本記事では、父親がどのような役割を果たし、子どもとの絆を深める方法について語ります。

子どもとの距離感をどう縮めるか。これは悩みの種であり父親の課題です。人間的な魅力を大切にし、自分の弱さも隠さずに子どもに接することで、父親は子どもの信頼を勝ち取ります。また、遊びや甘やかしの重要性にも触れ、父親にしかできない独特の子育ての楽しみを見つけることができるでしょう。

「父親とはどうあるべきか」by育育児典

「育育児典」という1,000ページに及んで様々な育児関するトピックが書かれた良書があります。この本の中で「父親とはどうあるべきか」というテーマのページがとても勇気づけられるため紹介させて下さい。

要約すると…

・父親は子どもとの一体感が母親ほどないが、人間的魅力で関係を築く
・力を誇示する態度は子どもに寄りつかれない
・父親は自分の弱さや苦闘を隠さず、魅力的な存在になる
・父親は子どもに尊敬される「男の色香」を持つべき
・父親は子どもと友達や先輩のような関係を築くことが重要
・父親の遊びや甘やかしは子どもの育ちにとって大切な要素

原文の引用

子どものことでは、父親は、なんとなくすわりが悪いもの。すくなくとも、母親のようには、のめり込めないのではないでしょうか。ひょっとすると疎外感すら感じるかもしれません。なにしろ、子どもは自分のお腹から産んだのではないし、乳房もないのです。母親にくらべて一体感にとぼしいのもしかたありません。

いきおい、父親は、子どもとは個対個として対さざるをえない。「わが子」という想いからくるかわいさはあっても、子どもとの距離を詰めきれない。どこかに冷たさを残してしまう。そんなもどかしい立場に置かれることになりそうです。

でも、こうした親子関係は、かならずしも悪くはない。むしろ、やりかたによっては、そうとうに上質になりえます。なにしろ、惹かれ合いながらも個として対するわけですから。 とすれば、父親に求められるのは、何よりもまず人間的な魅力だと思います。母親のような子どもとの一体性がない以上、個として惹きつけるものがないと存在感が薄くなりかねません。

いちばんいけないのは、子どもの手前だけを飾って、力を誇示することでしょう。そんなマッチョな虚飾には、子どもは寄りつくはずはありません。そのうち、実は力がないことを見抜かれて、かえって軽蔑されてしまうかもしれません。

ですから、そんな虚勢を張るよりも、逆に自分の地をさらけだしたほうがよいと思います。男には男の苦闘があり、そこには男のつらさも弱さも張り付いているはず。それを隠すのではなく、ぐちるのでもなく、身ににじませている父親は十分に魅力的でありえます。

たとえ無茶なことやつまらないことでも、夢中で入れ込んでいる姿には迫力があります。もちろん家族を犠牲にするほどの勝手は許されないし、できるかぎり家事や育児にも励み楽しんだ方がよいけれど、そうした節度さえ保てば魅力的でありうるでしょう。

ただ、そこに「男の色香」とでも言うべき何かが漂っていたいもの。1本スジが通っているとか、どこかに凄さがあるとか、度量が大きいとか。そんな何かが漂っていれば、少々しようがない父親でも、子どもには尊敬されるにちがいありません。

同時に、子どもとは「友だち」か、せめて「先輩」というスタンスをとりたいもの。父親風を吹かせてばかりいる父親は、尊敬されるどころか、敬遠されるのがオチです。 子どもと個対個として対するほかはない父親には、どこか照れがあるはず。その照れ隠しのひとつが父親風なのでしょうが、それではせっかくの個対個の関係が生かされません。

だからこそ、友だちか先輩のスタンスには積極的な意味があるのです。 そんなわけで、父親は子どもとは思い切り遊ぶに限ります。甘やかしたければ、甘やかしたほうが良い。母親になじられても、ひるむことはないと思います。

父親の遊びと甘やかしは、母親が厳しい場合には、その代償となりえるのです。そして、遊びも甘やかしも、子どもの育ちにとって大切なことでもあるのですから。

引用元 育育児典 毛利子来 (著), 山田真 (著)

今の時代には出版できない表現

何十年の前の書籍なので、論調として少し古い語りっぷりは否めません。
一応、自己批判的に以下の論点から昨今のポリコレに反すると理解している旨は記載しておきます。

  1. 性別役割の固定観念: 父親と母親が異なる役割を持つことを前提にしています。これは、性別に基づく役割分担を固定化し、家庭内での性別平等の推進を妨げる恐れがある。
  2. 男性のステレオタイプ: 「男には男の苦闘があり、そこには男のつらさも弱さも張り付いているはず」という表現は、男性が特定の特徴を持つというステレオタイプを助長しています。これは、多様な性格や価値観を持つ男性を無視し、ジェンダーの多様性を尊重しない態度となる。
  3. マッチョな態度の揶揄: 「マッチョな虚飾」や「父親風」を否定的に描いています。このような表現は、特定の男性像を揶揄し、差別的な言葉遣いとなる可能性がある。
  4. 「男の色香」の表現: 父親が子どもに尊敬されるためには、特定の「男らしさ」を持つべきであると示唆しています。これは、性別に基づく期待を強化し、ジェンダーの多様性を制限する恐れがある。
  5. 母親の役割の固定観念: 文章は、母親が子どもに対して厳しい態度を取ることが一般的であると暗示しています。これは、母親の役割に対する固定観念を助長し、家庭内での性別平等の推進を妨げる恐れがある。

おわりに

ポリコレ的に古くてアウトという点を考慮しても、育児に自信がなくなった時に勇気をもらい「自分なりにちょっと頑張ってみようかな」という気持ちになるメッセージだなと感じてます。

特にこのメッセージは本当に好きです。

甘やかしたければ、甘やかしたほうが良い。母親になじられても、ひるむことはないと思います。父親の遊びと甘やかしは、母親が厳しい場合には、その代償となりえるのです。
そして、遊びも甘やかしも、子どもの育ちにとって大切なことでもあるのですから。

引用元 育育児典 毛利子来 (著), 山田真 (著)

父親の皆さん、自分らしさを大切に育児を頑張っていきましょう!

引用した育育児典はこちらです。

※内容が変わっている可能性があります。(パッケージは自分が持っているものと変更あり)

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この記事を書いた人

かつてはワーカホリックでございましたが、育児が始まり、仕事との板挟みに悩むようになり、育児ノイローゼ気味に陥りました。妻との関係も悪化し、生き方を見直すことになりました。

同じように悩む父親の皆様に、役立つ情報を提供できるよう努めております。現在は、Webサービスの運用や制作に携わりながら、2歳10ヶ月の娘と妻と楽しく過ごしております。どうぞよろしくお願いいたします。

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